Yanagihara Labolatory
東京大学大学院総合文化研究科
柳原研究室
Laboratory for neural substrates of adaptive control of the posture, locomotion, and emotion
Department of Life Sciences, Graduate School of Arts and Sciences
The University of Tokyo
研究内容
当研究室においては、身体運動の制御、学習・記憶、予測における脳の働きについて、分子・遺伝子レベルから個体(マウス、ラットおよびヒト)における行動レベルまで幅広く関連性を持って研究しております。研究方法としては、ニューロン活動などの電気生理学、高速度カメラを用いた運動学的解析、免疫組織化学、遺伝子発現解析、神経筋骨格モデルによる動力学シミュレーションが中心になります。現在の主要な研究テーマを以下に記しております。
1: split-belt treadmillを用いた歩行の適応制御機構の解明
歩行及び走行は我々の行動においてもっとも身近な身体運動のひとつです。ヒトや動物は様々な環境や状況に合わせて巧みに歩くことができますが、それを実現可能としている脳神経系のメカニズムが解明されることで、脳機能障害に由来する歩行障害の治療やロボットでの高度な踏破性を有する歩行・走行の実現などに有用な知見を提供することが期待されます。そこで、本研究室ではsplit-belt treadmillという左右2つのベルトが別々の速度で動くことによって左右非対称な歩行環境を作り出すことができる機器をラットおよびマウス用にそれぞれ開発し、歩行環境の変化に対する適応学習について、多電極・高分解能記録解析技術や光遺伝学など最新の方法を駆使して歩行の適応・学習機能を調べています。また、トレッドミルの周囲に設置した半球ドームを用いて仮想現実空間を構築し、歩行における多種感覚情報と運動情報の統合過程についても調べています。さらに、解剖学的・生理学知見に基づいてラットの神経筋骨格モデルを構築して、動力学シミュレーションを行い、適応・学習の神経機構を構成論的に解明する研究を行います。
2: 予測的姿勢制御における大脳小脳連関の解明
種々の運動及びスポーツ動作の円滑な遂行においては、適切な姿勢の準備が重要であり、言うなれば予測的姿勢制御は我々が未知あるいは既知の時空間に働きかける最初の過程と言えます。予測的姿勢制御に関わる神経機構が解明されれば、様々なスキルトレーニング方法にも重要な示唆を与えると考えられます。また、予測的姿勢制御の異常・障害は、脊髄小脳変性症だけでなく、脳梗塞や認知症などにおいても認められており、座位から立位への姿勢変換の障害、歩行障害、転倒などの主要な要因となっています。そこで、当研究室では、ラットが後肢2足で立位姿勢を維持している台が傾斜する姿勢実験パラダイムを構築し、その際の大脳皮質及び小脳のニューロン活動における因果的依存関係を、多電極・高分解能記録解析技術や光遺伝学など最新の方法を駆使して解明する研究を行います。
論文:Funato et al., 2021
下オリーブ核障害ラットは後肢2足での直立立位姿勢時に身体がゆっくりと振動することが明らかとなりました。また、数理シミュレーションにより、この振動が比例制御ゲインの上昇と非線形制御ゲインの低下によるものであることが示唆されました。 プレスリリース PDF
論文:Konosu et al., 2021
ラットの後肢2足での直立立位姿勢時に視覚情報の一定時間後に台が後方に傾斜をする実験系を構築し、予測の獲得に伴う姿勢動揺の変化が定量化されました。また、「モデル予測制御」を用いたシミュレーションにより、学習後のラットは予測ホライズン(現在時刻から未来までの評価区間)が1秒程度であることが明らかとなりました。 プレスリリース PDF
3: 種々の病態モデルマウスにおける運動機能障害とそれらの病態の進行の低減や緩和における自発的運動の効果についての基礎研究
脊髄小脳変性症、パーキンソン病、アルツハイマー病、自閉症スペクトラム障害、脳梗塞、筋硬直性ジストロフィ、変形性膝関節症などのモデルマウスにおける運動・行動における機能障害とそれらの治療のための基礎研究を行います。特に、これらの病態の低減や進行の抑止のための自発的運動の効果について明らかにする研究を行います。また、3次元モーションキャプチャシステムによる運動解析技術や深層学習技術を駆使して、様々な歩行障害を有する疾患患者さんの姿勢及び歩行動態を明らかにし、リハビリテーションやQOL向上の指針を提供したいと考えております。
4: 不活動あるいはオーバートレーニングによる小脳皮質神経回路の変容についての基礎研究
以前の我々の研究において、下オリーブ核・登上線維からプルキンエ細胞への興奮性シナプス伝達を薬理学的に約1週間阻害すると、登上線維の退縮が観察され、これは脳内でのシナプス機能の正常な維持におけるニューロンの自発的活動の重要性を示唆するものと考えられました。そこで、不活動やオーバートレーニングをシミュレートした実験モデルを構築し、その際の小脳皮質神経回路の変容について解明する研究を行います。
5: 情動及び心拍の制御における小脳の役割についての基礎研究
心拍条件づけ学習に小脳が関わっていることは我々の先行研究において明らかにされてきましたが、今後はさらに、心拍に加えて自律神経系の活動や情動における小脳の関与についての基礎研究を行い、心理学的スキルに関わる研究領域に対しても貢献したいと考えております。
その他: 脳の健康・ウェルネスを維持・向上させる運動プログラムの開発
自身が行っている基礎研究から得られた知見のみならず、様々な共同研究及び研究交流を通じて得られた知見を基盤にして、運動スキルやコミュニケーションスキルの向上、鬱などの予防、脳の健康・ウェルネスを維持・向上させる運動プログラムの開発を行い、社会に貢献したいと考えております。